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タイル、煉瓦、ブロックについて
栄木 正敏 

 文明とともに誕生したタイルやレンガは土や陶で作られ、人や建築物との関わりあいが現代まで連綿と作られ、その機能と美しさで世界各地に人間的空間をも造ってきた。

 私は中国シルクロードの旅で、木もほとんど無く、小石と土しかない砂漠地帯のオアシスに、古代に焼かない日干しの煉瓦で都市が作られ、巨大な土の塊となって今も姿をとどめる砦、城郭や町並みを歩いた。そこでは、今も日干し煉瓦作りの現場があり、家々や干しブドウ小屋などで大いに活用している様を確認することができた。中国にはタイルを張ったイスラム霊廟が数多くある。カシュガルは青いタイルの街という意味があるそうで、この地にも代表的なモスクがあり、また青や緑、赤や黄のタイルを張った、17世紀に香妃の伝説を生んだイスラム教の権力者一族の墓「香妃廟」を目にし、タイルの美しさを再認識することができた。

 私は、焼き物が通称「セトモノ」といわれ、よく知られている陶磁器産地の瀬戸市に住む。市内には1652年に建てられた初代尾張藩主徳川義直の御廟である定光寺があり、瀬戸でそのころに作られた黒色の鉄釉の敷き瓦(タイルの祖形)が床に敷かれ、織部釉が施された築地塀が今も美しく輝いている。以前私が住んでいた同じ瀬戸市仲洞町には、明治期、大正期の登り窯で焼かれた銅版転写による本業タイルがある。これらは日本でも早い時期のタイルだ。

 さて、西欧に目を向けて見よう。1900年ハンガリーのブタペストで当地のジュルナイ陶器工房とともに、色釉瓦や建物の内外、手摺まで当時のアール・ヌーボー建築に陶磁器を活用していた。それら色彩溢れる独特の装飾を施したレシネルスタイルの建築を創ったのが、レシネル・エデンである。石材が乏しいハンガリーは永い陶器の歴史があり、情緒的で装飾的なアール・ヌーボー建築に陶器がぴったり合う素材であったからだろう。そのころ日本にも、明治期の煉瓦建築や大正、昭和期のアメリカから学んだ建築のファーサイドを飾ったテラコッタ建築が盛んに作られ、今も各地に残り、彫りの深い品格ある風景を作り出している。

 現在では、景観を考えた環境造形から機能性重視の一般的な水周りや玄関、時には居間まで、様々のタイルが中国、日本、イタリア、ブラジルなど世界各地で大量生産されている。その中で戦前のテラコッタに変わるものとして、現代建築の内外に使われる大型ブロックタイルがある。以前、東京ステーションギャラリーでの「モダニズムの先覚者・生誕100年・前川國男」展を観た。その著名な建築家の押し出し成形による現場打ち込み大型タイルは、1961年の東京文化会館、1964年の紀伊国屋ビル外壁に使われた。この工法は後に乾式施工法を生み出す元となったと考える。そして、我が師匠でもあり、陶を使ったモニュメント、陶壁で世界的なパイオニアであり、数多くの作品を創り続ける會田雄亮によるスリーディメンションタイルの大型ブロックが1969〜70年伊奈製陶で製作され、伊奈製陶大阪ビルの31メートルの外壁コアに使われた。この作品は現代のテラコッタ建築の傑作として、會田雄亮と伊奈製陶を大いに有名にしたものである(主に押し出し成形、湿式プレスによる)。また、イタリアのニーノ・カルーソは、発泡スチロールを電熱線でカッティングして原型にするネガとポジの大型レリーフタイルブロック(主に鋳込み成形によ)を創った。これら日本人とイタリア人の3人は環境造形を数多く手掛け、各地に素晴らしい陶による憩いの公共空間を残している。


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