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富本憲吉と瀬戸市品野、手描き、デザイン
栄木 正敏 

 富本憲吉(1886~1963年)は、個人の美意識に基づく作品の制作を日本で初めて成し遂げた先覚者として名高い。色絵磁器で第1回の人間国宝に認定されたが、一方日常の器をテーマとした2001年に「富本憲吉と瀬戸」瀬戸歴史民俗資料館、2004年「人間国宝のうつわ−もう一つの富本憲吉」東京国立近代美術館工芸館で個展を開催しているほど、一品制作の仕事に並行して、日常茶飯のうつわ作り、そして安い陶器作りにも情熱を注いでいたことが分かる。日本各地の窯場、例えば信楽、長崎の波佐見、益子、九谷、京都そして1932年、1934年と瀬戸を訪れ、絵付け作業をし、安い、量産品を製作した。

 瀬戸で永年住んでいる私が40年も前から製品づくりを依頼し、懇意にしていただいている工場の一つに瀬戸品野の陶楽園製陶所がある。先代の御当主故塚田佳男氏が「昭和7年(1932年)ごろに富本憲吉がうちの素地に絵付けし、当時の石炭窯で焼いたことがあるよ」と私に言っていた。そして赤いイッチン模様の陶器皿を見せてもらったことがある。私は富本憲吉が瀬戸に来てから42年後になって、当時の富本もそうであったように、同じ陶楽園製陶所で自分がデザインした型で素地を作ってもらい、時々同じ工場の片隅で、手描きの絵付け作業をし、染付磁器の製品を焼いてもらっている。

 工芸評論で著名な乾由明が書いた特別企画「『デザイナー富本憲吉』暮らしの創造」(昭和55年3月)によれば、晩年奈良の積水化学でプラスチック(メラミン)の食器試作を2、3点制作しているという。偶然であるが、私も富本没後26年目に同じ奈良市で、会社は違うが国際化工のメラミン樹脂製品の多くをデザイン、製品化となっている。この事例からも、富本は意外にも一品の芸術作品作りよりもむしろ安い陶器作りに価値と情熱を持っていたことがよく分かる。富本は「模様から模様をつくるべからず」として、植物をスケッチして、金銀彩の羊歯紋や四弁花等の模を創作し、後世に名作の数々を残している。私の模様の創作は筆描き、筆力表現による近代デザインの基本である点、線、面の要素の組み合わせ構成により、私なりの模様作りをしている。私は富本のようにスケッチし、その特徴を図案化し、模様創りをしていないが、結果的には何の花とは分からないが、花みたいな模様となっている。

 常にプロダクトデザインとしての手描き模様は、デザイナーである私が描くこともあるが、大量に生産する時点では、私が描いた模様見本を基にして、職人が描くことが前提となる。点、線、面の構成による模様を分解し、練習がしやすく、再現性が良いように模様を構成している。また転写では出来ない筆力を生かした大胆な模様、そして日用の食器としての使用性、経済性(1日に手描きが幾つ描けるか等)も考慮しつつ、模様デザインを行ってきている。手描き食器は形だけの模様の無いものに比較し、絵付け、仕上げの管理もデザイナーの仕事の一つである。


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